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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)3860号 判決 1963年2月27日

判   決

東京都調布市下布田町一二三番地

原告

石森新太郎

同所

原告

石森トシ

右両名訴訟代理人弁護士

木下達郎

同復代理人弁護士

大村金次郎

東京都中野区神明町四九番地

被告株式会社

安井工務店

右代表者代表取締役

安井載淳

同所

被告

樅山宏

右両名訴訟代理人弁護士

小神野淳一

平松久生

右当事者間の損害賠償並びに慰藉料請求訴訟事件について、つぎのとおり判決する。

主文

1  被告らは各自、原告新太郎に対し、金八四六、四九一円五〇銭、原告トシに対し金八四六、四九一円五〇銭及びそれぞれこれに対する昭和三七年七月二二日から完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。

4  この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事 実(省略)

理由

一、昭和三七年一月六日午後八時四五分ころ、杉並区松庵南町五番地先道路上において、被告樅山運転の被告車と訴外粕谷貞二とが衝突し、よつて、同訴外人が頭蓋内損傷を受けて間もなく死亡したことは、当事者間に争いがない。

二、(証拠―省略) 及び弁論の全趣旨を総合すると、被告会社は、昭和三六年二月ころ被告車を訴外伊藤忠自動車株式会社から代金は割賦支払の方法で購入したが、本件事故発生当時までにその代金を皆済していなかつたため、その所有権依然は同訴外会社に留保されていたものであること、被告会社は、購入以来被告車を常時被告会社のために使用していたものであり、本件事故の発生した際は、たまたま、被告会社のトラツク運転者である被告樅山が、その私用のために被告会社の了解を得てこれを乗り出し、運転中であつたことが認められる。被告会社代表者本人の供述中、被告樅山に被告車の使用を許諾したことがない旨の部分は、被告樅山本人の供述に照して採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかして、自動車の運行供用の関係は必ずしも当事者の主観によることなく、客観的に解すべきところ、権原によつて被告会社が常時使用している被告車を、被告会社の被用者である被告樅山が被告会社の許諾を得て運転したものである以上、被告会社は、自動車損害賠償保障法第三条の規定にいわゆる「自己のため自動車を運行の用に供する者」に該ると解すべきである。したがつて、被告会社は、同法条の規定によつて訴外粕谷及び原告らが蒙つた後記の損害を賠償すべき責を免れることはできない。

三、(証拠―省略)を総合すると、本件事故の発生した現場は、幅員一〇米の完全に舗装された直線道路であるが、道路の両側に空地が多く街燈が少いので、夜間の見通しは不良であること、被告樅山は、この道路を下高井戸方面から吉祥寺方面に向つて時速四〇ないし五〇粁の速度で進行し、前示場所附近に差しかかつた際、その進路前方を右から左に横断中の訴外人を発見したが、その間僅か一、二米の至近距離であつたため急停車又は避譲をする余地もなく、被告車の左前照燈附近を同訴外人に衝突させて同人を左側の歩道の近くに転倒させたことが認められ、この認定に反する証拠はない。そうだとすると、同被告は、前示現場の状況下において自動車の運転者として当然守らなければならない前方注視の義務を怠つたため、すでに道路の左側歩道の近くまで横断していた訴外人を発見するのが遅れて前示のように衝突したものであるから、この衝突事故は、同被告の過失によつて発生したものであること明白である。したがつて、同被告は、本件事故によつて同訴外人及び原告らの蒙つた後記の損害を被告会社と連帯して賠償すべき責を免れることができない。

四、(証拠―省略) を総合すると、

1  訴外粕谷貞二は、昭和一二年七月三一日生れであるから本件事故によつて死亡した当時二四才であつたこと、同訴外人は、昭和二八年四月から訴外長峯好雄の経営する食肉販売店において住込みの店員として稼働し、昭和三六年一月から同一二月までの一カ年間の給与総額は金一九八、九〇〇円であつたこと、しかし、同訴外人は、同期間中食費として一カ月金四、〇〇〇円の割合による合計金四八、〇〇〇円を右の給与から差引かれていたこと、厚生省大臣官房統計調査部編集、発行にかかる第一〇回生命表によると、二四才の男子の平均余命年数は、四四・九七年であること、しかも、同訴外人は、昭和三七年末か翌三八年一月ころには長峯方から独立して食肉店を開業することが予定され、そのための店舗の建設敷地まで決つていたことが認められるから、同訴外人は、右の余命期間中少くとも原告らが主張する四二カ年間は食肉店を経営して稼働することができるものと解するのが相当であり、格別この認定を妨げる証拠はない。そうだとすると、同訴外人は、将来、少くとも一ケ年間に原告ら主張の金一九八、九〇〇円からその四割に当る金七九、五六〇円の生活費を控除した金一一九、三四〇円を下らない純益があるものと認められ、同訴外人の前示可働年数を四二年として、ホフマン式計算法によつてその間の得べかりし利益の現在値を算出すると、金一、六一六、八六四円(円以下切捨)になることが計算上明らかであるから、同訴外人は本件事故の発生によつてこの利益を喪失し、もつて、同額の損害を蒙つたものといわなければならない。

2  原告らは、訴外粕谷の父母として昭和三七年一月六日から同月一三日までの間に(イ)同訴外人の葬儀のため、訴外池亀葬儀社に金五四、四〇〇円(ロ)葬儀仮設渡り廊下工事代として訴外飯田工務店に金五、〇〇〇円(ハ)警察署、区役所及び火葬場への交通費として訴外西都交通株式会社に金九、〇四〇円(ニ)初七日の引出物代として訴外株式会社中村屋呉服店に金五九、五〇〇円(ホ)同引出物代として訴外有限会社清風堂に金七、五〇〇円、お通夜及び初七日の酒代として訴外有限会社武蔵屋酒店に金三二、七五〇円、同刺身及び酢の物等の代金として訴外布田屋に合計金二二、四七九円、葬儀の引出物代として同布田屋に金七六、五〇〇円、同引出物代として訴外有限会社清風堂に金七五、〇〇〇円及びお通夜、葬式、初七日の燃料代として訴外上村商店に金八、七五〇円(ヘ)寝棺代として訴外中村葬儀社に金三、五〇〇円(ト)病院の処置料として訴外松田病院に金一、七〇〇円及び(チ)読経料及び永代供養料として訴外蓮慶寺に金二万円以上合計金三七六、一一九円の支払いを余儀なくされて同額の損害を蒙つたことが認められ、この認定に反する証拠はない。原告らは、前示の(ホ)に当る諸費用として合計金二二七、二五一円の支払を余儀なくされたから(イ)ないし(チ)の合計は金三八〇、三九一円である旨主張するが、前示認定の金額を超える損害が発生したことを認めるべき証拠はないから原告らのこの主張は採用することができない。

3  原告ら夫妻の間には、男三人女五人の子があり、訴外粕谷貞二は、その二男であつて、前示長峯方に住み込むまでは原告らの下で生活を共にしてきたこと(「粕谷」の姓は、幼時に原告らの遠縁に当る訴外亡粕谷キヨの選定家督相続人になつたからである。)及び原告らは、肩書地において農業を営んでいるものであること、他方、被告会社は、従業員約一〇〇名を使用し、トラツク約三〇台を有して土建業を営んでおり、被告樅山は、本件事故を惹起したため、運転免許取消しの行政処分を受けた他、罰金四五、〇〇〇円の刑罰を受け、現在妻と一人の子供を抱えて土工をしながら生計を樹てていることが認められ、この認定に反する証拠はない。原告らが子である訴外粕谷の不慮の死によつて精神的苦痛を受けていることは当然であるが、これに対する慰藉料額は、右の諸事情その他、本件に現われた一切の事情を考慮しても、原告ら各々について、少くとも原告らが主張する金一〇万円を下るものではない。

4  原告らは、訴外粕谷貞二の唯一の相続人であることが認められ、この認定に反する証拠はないから、同訴外人の被告らに対する前示1の損害賠償請求権は、これを原告らが各二分の一の割合で相続したものである。

5  ところで、原告らが、昭和三七年七月二一日自動車損害賠償保障法に基づく保険金五〇万円の支払を受けたことは、当事者間に争いがないので、原告らの被告らに対する損害賠償請求権も金五〇万円の範囲で消滅したことは明らかである。そして、原告らは、この保険金を先ず前示2の諸費用にあて、その残金を対当額で同3の慰藉料の一部にあてて残金の損害を本訴において請求していることは、その主張によつて明らかであるから、被告らが原告らに賠償すべき損害の範囲は、前示4の相続によつて取得した各金八〇八、四三二円と、金五〇万円から前示2の損害合計金三七六、一一九円を控除した残金一二三、八八一円の二分の一である金六一、九四〇円五〇銭を、前示3の各慰藉料額からそれぞれ控除した各金三八、〇五九円五〇銭との合計各金八四六、四九一円五〇銭であるということができる。

(なお、被告らは、いわゆる過失相殺の主張をするが、訴外粕谷の過失を認めるに足りる何らの証拠もないから、被告らのこの主張は採用することができない。)

五、そこで、被告ら各自に対し、右の各金八四六、四九一円五〇銭の損害賠償と、それぞれこれに対する損害発生の日の後であること明らかな昭和三七年七月二二日から完済に至るまでの民事法定利率五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分についての本訴請求は正当であるが、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条但書、第九三条第一項但書の各規定を、仮執行の宣言について同法第一九六条の規定をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二七部

裁判長裁判官 少 川 善 吉

裁判官 高 瀬 秀 雄

裁判官 羽 石   大

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